• 活動

     批評・歴史・文学・運動をつなぐ

     

    アーカイブはこちら

  • 試し読み

    『対抗言論』の一部を

    お読みいただけます

    broken image

    全文公開:『収容所なき社会と移民・難民の主体性』

    高橋若木

    「対抗言論」1号に掲載された高橋若木氏の論考『収容所なき社会と移民・難民の主体性』の全文を、ウェブに公開しました。ぜひご一読ください。

    続きを読む

    broken image

    <小説> 二〇一三年

    櫻井信栄

    たいくつだなあ。はやく出発すりゃいいのにいつまでならんでんだろ。公園にずっといたってしょうがないじゃん。前の人たちがプラカードをあげてるけど、うしろからだと棒に紙をテープではったのが見えるだけで、なに主張してんだかぜんぜんわかんないよ。その点、日の丸や旭日旗は裏からすかしてみても何の旗だかすぐわかるからいいよね。ここに日本人がいて、日本が好きだってこと。神社で買ったポールつきの日章旗があったから、それ持ってきたのは正解だったな。

    続きを読む

  • 巻頭言

     

     私たちは今、ヘイトの時代を生きている。

     現在の日本社会では、それぞれに異なる歴史や文脈をもつレイシズム(民族差別、在日コリアン差別、移民差別)、性差別(女性差別、ミソジニー、LGBT差別)、障害者差別(優生思想)などが次第に合流し、結びつき、化学変化を起こすようにその攻撃性を日増しに強めている。

     さらにデマや陰謀論が飛び交うインターネットの殺伐とした空気、人権と民主主義を軽くみる政治風潮などが相まって、それらの差別や憎悪がすべてを同じ色に塗りつぶしていくかのようである。

     こうしたヘイトの時代はきっと長く続くだろう。

     SNSや街頭でヘイトスピーチ(差別煽動)を叫ぶ特定の者たち以外に、ヘイト感情や排外主義的な傾向をもった人々がこの国にはすでに広く存在する。私たちはその事実をもはや認めるしかない。

     在日外国人や移民を嫌悪し、社会的弱者を踏みつけにしているのは、日々の暮らしのすぐ隣にいるマジョリティのうちの誰かなのだ。いや、私たちの中で差別加害を行っていないと断言できる者などどこにいるだろう。

     本誌『対抗言論』は、ヘイトに対抗するための雑誌である。

     ヘイトに対抗する行動は日本社会の皆が気負いなく行うべきことだろう。それはもちろん、差別を被る被害者やマイノリティの人々「だけ」の課題ではない。無関心・無感覚でいられる「私たち」=マジョリティこそが取り組むべきものだ。すでに様々な抵抗や対抗の実践を積み重ねてきた人々に学びながら。

     しかしマジョリティのうち少なくない人々は、このままではいけないと感じつつも、差別反対運動やリベラルな言葉の「正しさ」に十分に乗り切れず、ある種の躊躇や無力感の中にとどまっているのではないか。様々な問題が複雑に絡み合った複合差別状況が当たり前になり、困惑し、認識が追い付かなくなっている、ということもあるだろう。

     とはいえ、そうした戸惑いや困惑をただちに消し去るのではなく、それらが自分たちの中にあることを認めながら、構造的に差別やヘイトを維持・強化してしまうマジョリティ=「私たち」が内在的に変わっていける取り組みが必要なのではないか。

     私たちはそうした形でヘイトに対抗するための一つの試みとして、ここに、批評・歴史・文学・運動などを往還するための場を作ることとした。

     思えば私たちは不要な「壁」を作ってしまっていないだろうか。たとえば現在、政治的な右派と左派、保守とリベラルの間に「壁」ができ、分断が生じているようにみえる。しかし「ヘイトを認めない」という点では、ほんとうは、お互いに課題や問いを共有できるし、繋がっていけるはずなのだ(共有可能なところを共有した上で、はじめて、本当に譲れない政治的立場の違いや差異が見えてくるだろう)。

     あるいは、学問的知性と現場感覚、言論人と大衆、有名と無名の間をたえず往還していく、ということも重要になってくるだろう(そのために本誌では、運動現場・支援現場の声も取材やインタビューなどによって取り入れていく。また「市井の生活者へいかに言葉を届けるか」ということを意識した誌面を目指す)。

     長期的には、レイシズム、性差別、障害者差別などが重なり合う場所において「複合差別社会」「複合ヘイト状況」に対抗していくような、反ヘイトのための統一戦線や総合理論が必要であり、横断的なプラットフォームが必要であるかもしれない。

     もちろん私たちのささやかな雑誌によって可能なことなど、たかが知れているだろう。しかし無力感や冷笑、諦観こそが私たちの内なる敵であり、最大の敵なのだ。「私たちが変わること」と「社会を変えること」、それは無力感や諦観に苦しめられつつも、多くの人々の取り組みや試行錯誤によって、漸進的に、少しずつかちとっていくべきものである。どんなに小さな歩みでも、どんなに時間がかかっても、それぞれの歩みをはじめるべきだろう。私たちのこのささやかな雑誌も、そのための小さな一歩である。

     私たちはこの雑誌が、誰かに救いを求めたり現状を嘆くのではなく、またわかりやすい「敵」を批判して憎悪の連鎖を強化してしまうのでもなく、偽物の対立の枠組みそのものを解体し、外に向かって開かれた言論と実践の場となり、一つの共通基盤となっていくことを願っている。

     

    杉田俊介

    櫻井信栄

  • 2019年に終了し、222人の方から
    140万円の寄付をいただきました。